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シルバーバーチの霊訓(七)あとがき

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解説 悲劇の霊媒ヘレン・ダンカン

 七章に出ている霊媒ヘレン・ダンカンの投獄事件は〝世紀の裁判〟として当時の新聞をにぎわし〝暗黒時代〟の再来かという不安をスピリチュアリストに抱かせたものである。シルバーバーチが〝あなた方は暗黒時代へ引き戻されたわけではありません〟と言い、〝私は少しも心配していません〟と述べているのはそのためであるが、さらに、

〝もっともっと不自由な思いをさせられる方が身のためです〟と言うに至ってはいかにもシルバーバーチらしくて、私は訳していて苦笑を禁じ得なかった。

これほどの事件にそれなりの意味がないわけがなく、それが見えているからそういうセリフも出てくるのであろう。そして、確かにシルバーバーチの言うとおり犠牲者らしい犠牲者はダンカン夫人一人だけで終わり (とばっちりを受けた者もいたことはいたが) 大方の心配は杞憂に終わったのだった。

 ではその世紀の裁判とはいかなるものだったのか。これまで断片的な資料は入手していたが、このたび折よく、ブリーリー女史の 『ヘレン・ダンカンの二つの世界』 The Two Worlds of Helen Duncan by Grna Brealey というのが出版され、その中に裁判に関する詳細な記録が紹介されている。

これからそれを必要なかぎり紹介しようと思うが、その前にヘレン・ダンカンという霊媒の霊r媒能力について述べておきたい。

 ダンカン女史の得意とするところは物質化現象で、その印象があまりに強いために他の能力の影が薄く感じられるが、実際は霊視、霊聴をはじめとしてオールラウンドな霊能を具えていた。

しかし、やはりヘンレン・ダンカンといえば物質化現象専門の霊媒と言ってよく、それがまた女史をスピリチュアリズム史上最初で最后の〝殉死者〟にしてしまったのだった。バーバネルはダンカン女史によるある日の交霊会の様子を次のように綴っている。


  「ヘレン・ダンカン女史の交霊会で私は、キャビネットの中で物質化象ができあがるところを特別に見せていただいたことがある。かつてキャビネットの外で、エクトプラズムの像が次第に縮んでいって、しまいには小さな光の玉のようになり、最後は床を突き抜けて沈むように消えて無くなるところを見たことがある。

 そのキャビネットの中で見た現象であるが、女史の鼻と口と耳から発光性のエクトプラズムが大量に波のように出てきて、やがて六フィートの背丈の女史の支配霊アルバートの姿となった。

同じ現象を見た(霊魂説否定派の最右翼である)心霊研究家のハリー・プライスは、ダンカンは前もってチーズクロス(ガーゼ状の布)を呑み込んでおいてそれを吐き出すのだと言う、途方もない説を出した。

これが荒唐無稽の説であることを証明するためにダンカン女史は自らX線検査を求めた。プライスの〝説〟ではダンカン女史の腹には牛と同じ反芻用の第二の胃袋があることになっていたが、検査結果はまったく〝正常〟だった。

 私は一度ならず女史の交霊会でエクトプラズムが出てきたところを直接触らせていただいたことがあるが、その時すでにカラカラに乾いていて一種独特の固体性を具えていた。これは反芻されて出てきたものではあり得ないことを証明している。

私は決定的ともいえる実験をしたことがある。ダンカン女史をはじめ出席者全員にメチレンブルー(青色塩基性染料の一種)の錠剤を飲んでいただいたのである。胃袋の中のものが青みを帯びる効果をねらったものであるが、そのあと出現した物質化像はいつものとおり真っ白だった。

 次に、それらとはまったく対照的な現象───非物質化現象を紹介したい。ダンカン女史には封書読み(リーデング)の能力もある。ある時エステル・ロバーツ女史(バーバネルが英国一の折紙を付けた霊媒──訳者)がそのことに興味を抱き、一度試してみたいと言うので私が取り計らってあげた。

席上私はロバーツ女史に一枚の紙切れを渡して、誰にも見られないように一つの質問を書かせた。それを折りたたんで封書に入れ、封をしてダンカン女史に渡した。

 それを早速ダンカン女史が読みはじめた。ところが、八つの単語から成るその質問文の六つまで読んだところで〝なくなりました〟と言う。(ダンカン女史は文字通りその用紙が消えて無くなったと言っているのであるが、ロバーツ女史は読み取ったつもりの記憶が消えたという意味に受け取って)〝上出来です。

お判りにならないのは最後の二語だけで、あとは正確に読んでおられます〟と言うと、またダンカン女史が〝なくなりました!〟と言う。

するとロバーツ女史がふたたび〝お読みになられたところまでは全部正確でしたよ〟と言いながら、念のためにその封筒を開けてみた。すると驚いたことに質問を書いた用紙が消えて無くなっているのである。封書の中が空っぽだったのである。そしてそれきりその用紙はどこからも出てこなかった。

 あとでロバーツ女史はこの不可思議な現象の意味が分かったと言って私に話してくれた。実はあの質問は他界したばかりのある人について何か情報を得られないかどうかを尋ねたものであるが、気が付いてみると、その人については支配霊のレッド・クラウドからある時期が来るまで情報を求めてはならぬと言いつけられていたのだそうで、まだその時期が来ていなかったというわけである」


 さて、ではダンカン女史は一体いかなる罪状で訴えられたのだろうか。起訴状によると大要次のようなことになっている。

 「被告人ヘレン・ダンカンは一九三三年一月四日及び五日の両日、(場所省略) 男女八名の者に対して自分は霊媒であると偽り、自分を通じて死者の霊を出席者の目に見え語りかけ会話を交わすことができる状態で物質化させうること、もし一人十シリングを支払えばそうした催しを行う用意があると偽り、

同日同場所において右の八名の者が出席して費用を支払うと、その場所で偽りの交霊会を催し、ペギーと名乗る幼児を含む幾名かの死者の霊を物質化させると偽り、そこで出席者の目に見え耳に聞こえたものが死者たちの姿であり声であるかのごとく見せかけた。

しかし実は本人も承知しているごとくペギーの物質化と称したのはメリヤス地のベスト(チョッキ)であり、それを被告人が手にして操作してそれらしく見せかけたものであり、その声は被告人本人の声であった。

被告人は総額四ポンドにのぼる費用を着服し、八人の出席者一人につき十シリングを詐取せしものである」(傍点は訳者。なおポンドもシリングも現在の十進法以前のもの)


 では問題の交霊会はどういう経緯で告発されたのだろうか。そのあらましを紹介すると、ある日ダンカン女史のもとに届けられた手紙の中にミス・ソールズという女性からの交霊会開催の依頼状があり、悲しみのどん底にある友人のために是非ともお願いしたいとあった。実はこの女性は後で出てくるミス・モールと共に警察の巧妙な、

というよりは強引な仕掛けの手先となっていた。指定された場所はロンドンの心霊研究センターで、ダンカン女史もよく知っていたので、早速予約受付け係の様な役をしていた夫のヘンリーに伝え、ヘンリーもすぐに〝受諾〟の返事を出した。が、

後になって同じ日に別の交霊会の予約があったことに気づいたヘンリーが取消しの通知を出そうかと言ったところダンカン夫人は、苦しい思いをしている人のためなのだからと、同じ日に二つの交霊会を催すことにし、その代わり少し予定より時刻が遅れることだけを伝えておいてほしいと頼んだ。二つの場所がかなり離れていたからである。

 さて当日であるが、グラスゴーでの交霊会を無事終えたダンカン女史は娘のリリアンと共に次の開催地であるエジンバラへ向かったのであるが、実はグラスゴーでの交霊会で支配霊のアルバートが、常連の一人であるドリスデール夫人に(ダンカン女史は入神状態なので何も分からない) 次の交霊会は用心するようにと警告している。

事件が迫っていることは背後霊団には分かっていたのである。交霊会の終りぎわにもう一度アルバートはドリスデール夫人に〝忘れずにヘレンに伝えて下さいよ〟と念を押した。入神から目覚めてアルバートの警告を聞かされたダンカン夫人は、次の交霊会へ行く途中を用心しろ───つまり交通事故に気をつけろという意味に受け取ったという。
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 グラスゴーからエジンバラまではかなりの距離があるので、一つでも早い列車に乗ろうと、ダンカン夫人は旅行用の衣服に着更える暇もなく、上にコートをはおっただけで列車に飛び乗った。そこに又一つ悲劇のタネが隠されていた。訴状にある〝メリヤス地のベスト〟に着更えなかったことである。

 駅からタクシーに乗ってセンターの前で降りると、一人の女性(ミス・モール)が待っていて、〝実は会場が急に変更になりましたので〟と言い、理由も言わずに二人を隣接するホールへ案内した。

その間その女性は一言もしゃべらなかった。そして階段を二段上がったところでいきなり〝コートをお預りしましょう〟と言うので、〝いえ、結構です。それより娘を待たせておく部屋へ案内してやってください〟と言うと、〝かしこまりました。すぐに戻ってまいりますので〟と言ってリリアンを連れてその場を去った。

 待っている間にダンカン夫人はコートを脱ぎ、壁のコート掛けに掛け、その下に旅行用のカバンを置いた。そこへその女性が戻って来て交霊会の催される部屋へ案内した。入ってみると中央に四つの椅子が用意してあり、片隅のキャビネットへ向けて半円状に並べてある。

〝何かほかにお入り用のものがございますかしら?〟と出席者の一人が尋ねた。

〝お水を一杯お願いします。終わってから頂きますので。どうもご親切に〟とダンカン夫人が言った。

 それから間もなく交霊会が始められた。ダンカン夫人が入神した。後で夫人が述懐して言うには、朦朧とした意識の中で誰かが自分を引っ張って〝さあ、つかまえた! これがあんたの言うペギーでしょう!〟と叫ぶ声がやっと聞こえたと言う。

 ペギーというのはアルバートと共によく物質化して出てくる子供の背後霊の名前である。少し意識が戻ってきたダンカン夫人が〝一体何事ですか〟と聞くと、〝今警察を呼んでいます。詐欺の現行犯で逮捕します〟と言う。これがミス・モールである。

 〝これを見なさい〟と言ってミス・モールが女性用のベストを差し上げて見せた。

 〝それはどこにありました?〟と、すっかり意識が戻ったダンカン夫人が聞いた。

 〝これがあなたの言うペギーなのですね?これを衣服の下から突き出そうとしているところを捕まえたのです〟と言った。これは明らかにでっち上げである。その時ダンカン夫人はそのベストを身に着けておらず、かばんの中に入れたままである。それをミス・モールが盗み出して持ち込んだのである。

 事の次第が分かったダンカン夫人は怒りを爆発させ、〝このウソツキ女!〟と叫んで摑みかかろうとしたが、二人の女性に止められ、その場にしゃがみ込んで泣いた。そこへ警察が入って来て取り押さえ警察署へ連行した。そして治安を乱したかどで正式に起訴された。反訴する権利もあることを知らされたが、ダンカン夫人はそれを拒否した。

気が動転していたせいもあるかも知れないが、私の想像では夫人は多分、裁判官を相手に交霊実験をやって見せれば簡単に疑いは晴れると考えていたのであろう。いずれにせよ、その時適用されたのが〝魔法行為取締法〟だった。

 ついでであるが、この取締法の成立過程は極めて興味深い経緯があるので紹介しておきたい。

 そもそもの発端は時の王ジェームズ一世(一五六七~一六二五)が花嫁をデンマークから呼び寄せようとして、それが北海の悪天候のために阻止されたことにあった。当時は魔法が法律でも〝事実〟として認められ、ジェームズ一世自身も、〝鬼神学〟に関する書物を著わしていたほどである。

そこで北海の荒波は何者かの魔法の為せるわざであるという見解が公式に採択され、早速魔法行為を取り締まるための法律が一六〇三年に議会を通過した。

 当時は魔法が〝事実〟であったから、その法律は〝まじない、魔法、及び悪霊・邪霊の類いを扱う行為を取り締まる〟という趣旨になっていた。それが一七三五年になって〝魔法を事実として認めない〟という見解に変化したために法律の表現が改められ、魔法を行うがごとく偽った行為をした時、ということになった。ダンカン夫人に適用されたのはそれだった。

 しかし、それをスピリチュアリズムに適用するのは筋違いである。なぜなら当時はまだスピリチュアリズムは誕生していなかったからである。交霊会等によって霊媒や霊能者が心霊現象を演出したり超能力を披露するようになったのは一八四八年以降のことで、二百年以上ものちのことである。

本章の編者が七章の冒頭で〝埃をかぶった公文書保管所から持ち出されて・・・・・〟云々、と表現したのはそのためである。

 しかし警察がこうした囮(オトリ)を使った方法で詐欺行為をでっち上げてすぐスピリチュアリズムを弾圧しようとした背後には、シルバーバチが七章の最後のところで暗示しているように、国教会が警察権力と裁判官を利用してまで弾圧しようとする陰湿な企みがあったのであろう。

そのことはダンカン夫人が潔白の唯一の証明手段として出した〝ぜひ一度交霊会を催させてほしい。見ていただけばすべて分かります〟という訴えが却下されたことに如実に表れている。

 その間には証人としてモーリス・バーバネルやハンネン・スワッハーを筆頭に二十六名が証言台に立ったが、そもそもの目的が大物霊媒であるヘレン・ダンカンを見せしめにすることによってスピリチュアリズムの信頼を失墜させようということにあったからであるから、すべてが虚しい努力に終わるしかなかった。

結局ダンカン夫人は九か月の刑に処せられた。スワッハーは心霊誌 「リーダー」の中でこう述べている。

 「もしも同じ〝魔法行為取締法〟が行使されていたらウィリアム・クルックス卿はフロレンス・クックを研究したかどで、ビクトリア女王はジョン・ブラウンを呼んで交霊会を催させたかどで、オリバー・ロッジ卿はオズボーン・レナードの交霊会に出席したかどで、ダウディング卿はエステル・ロバーツの交霊会に出席したかどで、

それぞれ罪人とされていたことであろう。私などはこの度の判決文に従えば何百回も罪を犯したことになる。

  かの〝イギリスの戦い〟(一九四〇年の英国軍とドイツ軍との大空中戦)において総指揮を取ったダウディング卿は今英国中を回って、その空中戦での戦死者の遺族に卿自身が交霊会で受け取った戦死者からのメッセージを伝えて歩いている。卿のおかげで悲しみの涙を止めることが出来た人が沢山いる。

数々の交霊会に出席することによってそれが叶えられた以上は、ヘレン・ダンカンと〝共謀〟したかどで有罪とされたポーツマスの人たちと同じく卿も明らか有罪ということになる。

 なぜ二百年以上も前の〝魔法行為取締法〟がこの一九四四年という年になって国権によって掘り起こされたのだろうか。恐らくどこかで〝隠れた手〟が動いているのでは・・・・・?」

 実はダンカン女史への迫害はこれ一回で終わったのではなかった。

 一九五六年のことであるが、ある著名な足病専門医の自宅で催されたダンカン女史による交霊会が二人の警官の急襲を受けた。二人は宙を飛ばんばかりの勢いでキャビネットへ突進し、カーテンを開けるなり写真を撮った。そのフラッシュで部屋中が光の海となった。入神中のダンカン夫人はそのショックでその場に倒れた。

 知人のハミルトン夫人がかばおうとすると、〝公務執行妨害でお前も逮捕するぞ〟と怒鳴りつけられた。

 〝でも、この人は死にかかっているのですよ!〟 と絶叫するハミルトン婦人の言葉に警官は何の返事もしない。

 〝せめて医者を呼んでください!〟とさらに夫人が言った。
 が、警官は黙ったままこん睡状態のダンカン夫人を部屋から連れ出して寝室へと運んだ。
 そうしているうちにも続々と警官が裏口から屋敷内へ入ってきた。まるで暴動騒ぎでも起きたかの様になった。

 主任の刑事がハミルトン夫人を尋問した。

 〝ダンカン夫人との関係は?〟

 〝友人です〟

 〝共犯者ですね?〟

 〝何の共犯者ですか?〟

 〝今日の詐欺行為です。さあ、マスクと布はどこに隠したか言いなさい〟

 〝何のことをおっしゃっているのか、さっぱり分かりません。私は何も隠してなんかいません。これまでずっと女性の警官に見張られていたのです。医者を呼んでください。今すぐにです。あの方は重態なのです〟

 そこで医者を呼ぶことを許され、電話を入れた。

 医者が来るまでハミルトン夫人はその家に滞在中ずっとダンカン夫人とともに過ごしていた部屋へ行ってみると、スーツケースが全部開けられ、衣服が放り出されたままになっていた。

 やがてドアのベルが鳴った。階下へ降りてみると医者だった。主任刑事も来て、何やら勝手な説明をしながらダンカン夫人が横になっている部屋へ案内した。

 夫人が重態であることは医者でなくても分かるほどだった。脈を取り聴診器を当てたあと、その医者は深刻そうな顔で刑事に

〝で、私にどうしろとおっしゃるのです?〟と聞いた。

 〝腔と肛門を調べてほしい。 幽霊に見せかけるためのマスクと布が隠されているはずだから〟

 〝何ということを! あなたはこの患者が今大変なショック状態にあることがお分かりにならないのですか。ちょっと動かすだけでも死ぬかも知れないほどです。そんなことは私はお断りします〟

 そう言ってからインシュリンの注射を打った。そこでハミルトン夫人が部屋へ入ることを許された。夫人は駆け寄るとすぐさま医者にどんな状態かを尋ねた。

 〝重態です。とても重態です〟と静かに答え、さらに、

 〝私にはこれ以上の手当ては出来ません。申し訳ありませんが・・・〟と言って部屋を出て行った。

 二人きりになるとハミルトン夫人はイスをベットの近くへ引き寄せて座り、ダンカン夫人の手を取り、どうか持ち直しますようにと祈った。

 ブリーリー女史の書物はこのノッチンガム事件で始まっている。その巻頭には次のような、短いが感動的な〝まえがき〟が付いている。

 「一九五六年十月二十六日、ノッチンガムでの交霊会が警察の急襲を受けた。

 その時の霊媒について、これまでいろいろと書かれている。とりわけ最も話題の多かった物理霊媒───言うなればスピリチュアリズムの殉死者とされている。

 その伝記の中で私はその非凡な女性の真実の姿を語ったつもりである。霊視能力、霊聴能力、予知能力、その他数多くの霊的能力を具えていながら、それが物理的霊媒現象つまり物質化現象による評判のために影が薄くなっている。

 また彼女の無私の人類愛、夫と家族への情愛、プライベートな喜びと悲しみ、身体的ならびに精神的苦悩についてはまったくと言ってよいほど書かれていない。その真相は一度も語られていないのである。

 その彼女がノッチンガムでの交霊会で警察の急襲を受けてから三十六日後に他界した。彼女の名はヘレン・ダンカン───私の母だった」

 なおブリーリー女史の著書の巻末に参考資料として何人かの証人尋問の記録が載っている。その中でも五日目の弁護側証人として出廷したハンネン・スワッハーの証言がさすがに出色で、毒舌を利かした面白いものとなっている。参考になる部分が多いので次に紹介しておく。

 証人としての身分は〝著名なジャーナリスト〟となっている。

 弁護人「あなたは確か演劇評論家でもいらっしゃいますね」

 スワッハー「そうです。困ったことですが」

 弁護人「誰が困るのですか」
 スワッハー「私です。いつも最後まで見なくてはいけませんので」

 続けてスワッハーは過去二十年にわたって世界各地でのあらゆる心霊現象を研究し、とくに物質化現象は英国と米国で研究したと述べた。

 弁護人「その研究の目的は?」

 スワッハー「他界した愛する者が今なお生きていることにつて、真実を世間の人に知らせるのが自分の義務であると信じるからです」

 続けてヘレン・ダンカンの交霊会ついて説明した。厳しい条件下で五回ないし六回の実験に立ち合い、いずれも巾広い種類の現象が見られたと述べた。また物質化現象ではエクトプラズムが霊媒の身体の粘膜、太陽神経叢(ミゾオチ)、その他の箇所から滲出すること、そのときの様子はまるで生き物のように見えると述べ、

ダンカン夫人の場合は〝生きている雪〟に似ていると言う以外に適切な形容ができないと述べた。そしてエクトプラズムを見た回数は五十回ほどに及ぶと付け加えた。

 判事「最後に見たのはいつですか」

 スワッハー「このたび裁判にかけられるようになってからです」
 ここで弁護人が被告人が逮捕されてから今回の裁判が開かれるまでの期間に実証性に富む交霊会が開かれている事実を指摘し、そのことを被告人が本物の霊媒であることの証拠として認めるように申請したが、証拠不十分として却下された。

 弁護人「物理現象において列席者はどんな役割を果たすのですか」

 スワッハー「列席者が和気あいあいとしているほど、つまり気持ちが打ち解け合っているほど、現象も起きやすくなります。それはパーティでもみんなが打ち解け合っていれば話もはずむのと同じです」

 弁護人「ダンカン夫人の交霊会でエクトプラズムから匂いがしたことがありますか」

 スワッハー「話には聞いておりますが、私には経験がありません。私が出席した時はいつも十分な赤色光の中で行われ、部屋の隅から隅まで見えました。ダンカン夫人から六フィートないし七フィート(二メートル前後)のところまで接近して見たことがありますが、そのときはエクトプラズムが鼻の穴から出ておりました」

 判事「それはいつのことですか」

 スワッハー「このたびの裁判沙汰になってからのことです。ですが、エクトプラズムはダンカン夫人の交霊会に出席するたびに見ております」

 弁護人「エクトプラズムについてもう少し詳しく話していただけませんか。それがチーズクロスと間違えられるようなことが有り得ますか」

 スワッハー「子供でもない限りエクトプラズムをチーズクロスと間違えることは有り得ません。チーズクロスなら赤色光を当てると黄色またはピンクに見えます。赤色光を当ててもなお生き生きとした白さを見せるものはチーズクロスなんかでは有り得ません」

 判事「光に過敏なのはなぜですか」

 スワッハー「光線の化学的成分が写真の現像に影響するのと同じです。赤色光を当ててもエクトプラズムは白色または青みがかった白色を呈します。

赤色はまったく反射しません。ダンカン夫人のエクトプラズムは私が見た中では一ばん白い色をしています。霊媒が前もって何かを隠し持っているという説はナンセンスです。前もって身体検査を行っていますから、持っていればすぐにバレます」

 それからスワッハーは物質化霊媒が急激な光線を当てられると危害をこうむる話を次の例を挙げて説明した。あるときダンカン夫人を友人の家に連れて行った。集まった人はみなダンカン夫人を知らない人たちばかりだった。

交霊会はその日が初めてという人も数人いたので、スワッハーが開会に先立って細かい注意事項を述べ、特に予告なしに照明を霊媒に当てることは危険であることを注意しておいた。

 ところが不幸なことに、出席が予定されていたアーネスト・オーテン(当時英国スピリチュアリスト連盟の会長)がクィーンズホールでの演説が長びいて、交霊会場への到着がおくれ、着いた時はすでに始まっていた。

オーテンが部屋のドアをノックした。それを聞いて、スワッハーの注意を聞いていなかった初心者の一人が、足もとを明るくしてあげるつもりでライターをつけた。途端に現象が止まり、同時にダンカン夫人の鼻からどっと血が流れ出た。

その時はそれだけで済んだが、ある霊媒は同じような不注意からその後ずっと目が見えなくなった例をあげ、このように、入神中の霊媒が特殊な状態にあることを説明した。

 そこで弁護人がダンカン夫人にどのような条件テストを行ったかを尋ねると、スワッハーは各ページに署名入りの資料を提出し、一例として次のようなテストを紹介した。

 スワッハー「一九三二年のことですが、私は四人の奇術師(うち二人はプロで後二人は医師)を招待しました。その中のプロの一人が四十ヤードの網でダンカン夫人を縛り上げ、両手に警察の本物の手錠をかけ、そのうえ左右の親指を紐が食い込むほど強く縛りつけました。その状態で交霊会が催されましたが、いつもと同じ現象が起きました。

終わった後ダンカン夫人はその縛られた状態から三分で脱け出たました。縛りあげるのに八分もかかったのです。これは(米国の奇術の天才)フージニーでもマネできなかったでしょう」

 判事「その四人の中にフージニーもいたのですか」

 スワッハー「いいえ」

 判事「彼女はそれをどうやって脱出したのですか」

 スワッハー「支配霊のアルバートが解いたのです。ほかに誰一人彼女に触れた者はいないのですから」
 弁護人「あなたは役者を大勢ご存知ですね」

 スワッハー「ロンドンのステージに立つ役者はほとんど知っております。もっとも役者の方は私を知っているとは認めたがらないかも知れませんが」

 弁護人「問題はダンカン夫人とアルバートが同一人物なのかどうか、又、すぐれた役者ならその種の演技ができるかどうかという点ですが、あなたはどう思いますか」

 スワッハー「違います。アルバートはれっきとした個性をもっており、ダンカン夫人とはいろんな点でまったく違っておりました。役者はいろんな人物に扮することができますが、霊媒の役はできません」

 検事「アルバートの声についてもっと詳しく説明してください」

 スワッハー「ロンドンなまりがあると聞いています。オーストラリア人のような声をしていたという人もいますが、演劇評論家である私には声の説明は難しいです」

 検事「オーストラリア人のような声でしたか。あなたも聞いたことがおありでしょうか」

 スワッハー「あります。メルバの声も聞いたことがありますが、それとも似ておりません」

 検事「で、そのアルバートの声はどんな感じでしたか。アクセントはオックスフォードアクセントでしたか」

 スワッハー「オックスフォードアクセントなどというものはありません。BBC(英国放送協会)が勝手にそう言っているだけです。ごく普通の声でした」

 検事「最後に聞いたのはいつですか」

 スワッハー「二週間前です」

 検事「あなたは心霊の専門家ですか」

 スワッハー「交霊会に出席するようになって二十年になります。今は私自身のホームサークルを持っております」
 検事「あなたも霊媒ですか」

 スワッハー「違います」

 検事「あなたにも守護霊がいますか」

 スワッハー「私の守護霊はエジプト人です」
 検事「それをどうやって知るのですか」

 スワッハー「私のホームサークルの支配霊が教えてくれました。インディアンです」

 このあとダンカン夫人の無罪を立証する証拠の提出をめぐって検事とスワッハーの間で激しいやり取りがあった。その中でスワッハーは詐欺についての質問にこう答えている。

 スワッハー「詐欺ではないかという言いがかりはスピリチュアリズムの発端頭初からあり、現に詐欺があばかれたケースもたくさんあります。この九十年間、私たち関係者はその非難に耐え続けてまいりました。ですから、ダンカン夫人についても考えられるかぎりの、あらゆる手段で真実性をテストしてきました。私はこの目でそれを確認しております」

 検事「〝考えられるかぎりのあらゆる手段〟とおっしゃいましたが、電気装置も使用しましたか。聞くところによればオーストラリアの霊媒ルディ・シュナイダーはハリー・プライス氏による実験のためにわざわざロンドンまで連れてこられたそうですが、シュナイダー氏の交霊会には出席されたことがありますか」

 スワッハー「いわゆる〝電気テスト〟が行われたプライス氏の実験室におけるジェームズ・ダン卿とチャールズ・ホープ卿の交霊会には出席しております」

 検事「その種の実験のことです」

 スワッハー「あれは実験と言うシロモノではありません。私はそのいい加減さを指摘せざるを得ませんでした。たとえばプライスの秘書が実験室をウロチョロしていました。もっと厳しいテストを期待していたのですが」

 検事「ダンカン夫人をX線写真で撮ったことがありますか。それから着色剤を服用したことがありますか」
 スワッハー「胃の中身を着色するための青色の錠剤を服用してもらったことがあります」

 検事「お祈りをすることが赤色光の部屋の中で死者の出現を待っている列席者にどんな影響を与えるのですか。素直に受け容れさせる上で効果があるということですか」

 スワッハー「違います。この法廷もお祈りで始まることがあります」

 検事「祈ることは人間を素直にするものですか」

 スワッハー「祈ることによってバスが素直に見えるようになりますか。それに、いいですか、人間は元々懐疑的な人が多いのです」

 検事「交霊会の時いつも同じ席に座るのは何か意味があるのですか。席はちゃんと決められているのですか」

 スワッハー「どこでも構わない交霊会もありますが、定期的に開かれている場合は席を決めた方がいいようです。食事でも同じ席がいいでしょう。それだけのことです」

 当日は例のチーズクロスが法廷へ持ち込まれていた。弁護人が、ダンカン夫人はそのチーズクロスを前もって呑み込んでおいて吐き出しているということは考えられないかと尋ねると、スワッハーは、それは絶対に有り得ないことで、

もしそんなことをしたらチーズクロスが胃液でビショビショになり、その上汚い色が付いてしまうはずだと述べ、ダンカン夫人の胃袋が牛と同じ反芻胃をしているとしたプライス説を否定する証拠として、夫人の胃袋がごく普通の胃袋をしていることを示すX線写真を持ち出して、これを見れば明らかだからこれを証拠写真として申請したいと申し出たが却下され、医師の診断書の提出も拒否された。続けてこう述べた。

 スワッハー「私はためしにチーズクロスを呑んでみようとしたことがあります。今ここでご覧に入れましょうか」

 判事「いや結構、法廷をショーのレベルに下げるような行為を許すわけにはいきません」

 スワッハー「チーズクロスを問題にしているのはあなた方の方で、われわれは少しも問題にしてないんですよ。いったいなぜ、こんなものを法廷に持ち込んだのです! ハリー・プライス自身に一度呑んでみてくれるように頼んでも、嫌がって呑もうとしなかった。

そのプライスがチーズクロス説などという気違いじみた説を言い出すまで、私はこの世にこんなふざけた説を言い出す人間がいるとは思ってもみなかった。まったくバカげた話です!」

  ここで検事が先程のスワッハーの話に出た鼻から血を出した霊媒の話に戻して尋ねた。

 検事「あなたはその鼻をよく観察されたのですね?」

 スワッハー「しました。ごく普通の鼻をしておられました。その鼻から出血しておりました」

 検事「見て確かめたのですね?」

 スワッハー「見て確かめる以外にいったい何かすることがあるのですか。申し上げますが、これでも私は観察眼というものを具えているつもりです。私が書くことは全部そのまま信じてくれます」

 検事「あなたは確固とした信念をお持ちのスピリチュアリストですか」

 スワッハー「私は確固とした信念を持っております。異論の余地のない証拠に基づいているからです」

 検事「演劇評論家として他の評論家と意見が食い違うことはありませんか」

 スワッハー「それは〝事実〟の問題ではなく〝見解〟の相違の問題です」

 検事「もう一度お聞きします。ダンカン夫人はチーズクロス説では十分なテストをされたとお考えですか」

 スワッハー「X写真線まで撮ってあります。何ら異常なしと医師の診断書も用意してあります」
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